学校法人専門学校 東洋美術学校(東京都新宿区、学校長:中込三郎)は、保存修復科(4年制)において、マンガ原画の状態調査を行う事業「マンガ原画の保存状態調査」の一環として、画業60周年を迎える漫画家・アーティストの花村えい子先生のマンガ原画632点の調査を完了しました。
「マンガ原画の保存状態調査」とは、保存修復科(4年制)にて実施している、日本のマンガ原画の保存状態の数値化、及び修復などの対処が必要な原画の所在と優先度の可視化をテーマとした調査事業です。この度、画業60周年を迎える漫画家・アーティストの花村えい子先生のマンガ原画632点の調査を完了しましたのでご報告します。
「保存状態総合評価スコア」の算出方法
調査の方法は、目視観察の他に様々な手法による光学調査を行い「保存状態総合評価スコア」を算出することで保存状態の数値化を行います。
目視調査は文字通り調査者が“目”で判断する評価方法で、破れや汚損などといった保存上の問題点を調査者が原画の中から抽出し、評価基準に従い得点化していきます。評価基準は各調査項目の被害規模と原画の中での位置関係(コマ内かあるいは余白かなど)、更に他のページに被害拡大の恐れがあるかによって深刻度を評価します。調査者による評価のばらつきが発生した場合は、調査者間で協議し、評価基準の表現の曖昧さを改善するとともに、点数の様子を具体的に示す画像などを共有し、ばらつきが少なくなるよう工夫します。
また目視では見ることの出来ない劣化の様子については、機器分析を利用します。機器分析から得られる情報は膨大且つ、劣化現象と関係のある情報だけを抽出することは難しいので、これについてはケモメトリックスという化学計量学の手法を用い、既に劣化の進行したモデル試料と比較することで、劣化と関係の深い情報を抽出します。
最終的にはこれらの点数を積み重ね、「保存状態総合評価スコア」を算出します。これにより資料の相対的な保存状態が可視化され、優先的に対処が必要な原画の所在を明らかにすることが可能となります。
“評価スコア”が示すマンガ原画の現状
調査では原稿用紙の酸性度も計測しました。その結果1990年代以前に制作された多くの原画は酸性に傾いていることが分かってきました。国内では1980年代以降、酸性紙が大きな社会問題としてクローズアップされており、木材パルプにサイズ剤を定着させるために導入された硫酸アルミニウムが主な要因で、この酸性紙の保存性は極端に低く、100年もしないうちにボロボロになる図書資料などが見つかっています。後にこれは乾燥などの環境要因とも深く結びついた現象であることも分かってきますが、マンガ原画が手描きされていた時期と酸性紙が国内に広く流通していた時期は一致しています。また現在、要望の多かったコピックなどのアルコールマーカーの耐光性についても研究を進めています。
花村えい子先生オリジナルマンガ原画632点の調査レポート
調査を通じて時代毎の作風の違いなども目に留まりますが、特に使用画材の変遷が見えてきます。スクリーントーンが使い始められた時期や、写植を貼り付ける糊の種類の変化、原稿用紙などもその時々での趣向を反映する形で異なるものが使われているようです。しかし一概に「古い原画ほど劣化が進行している」ということでもないようです。酸性紙の劣化を引き起こした硫酸アルミニウムがそうであったように、モノの劣化には素材の性質が大きく関係しており、特に劣化のスピードは素材によって大きく異なります。
特に劣化のスピードが早いのが、粘着テープです。マンガ原画には制作の過程で粘着テープが使用されていますが、粘着性能の低下や変色などの速度が他の画材と比べて極端に早いようです。短い期間で黄色く変色をし、紙の中に染み込んだ粘着成分がシミを作ると、取り除くことは非常に困難となります。原画の価値が見直され長期保存を念頭に置いた管理が求められる中、マンガ原画の粘着テープ対策は今後の大きな課題です。
花村えい子先生プロフィール
埼玉県川越市生まれ。1959年、貸本漫画「別冊・虹」に『紫の妖精』を発表してデビュー。以来、少女漫画界を代表する漫画家として、今日まで精力的に作品を発表しつづける。2007年、フランス国民美術協会(SNBA)サロン展覧会に招待作家として参加、特別賞受賞。2018年には同展にてイラストレーション部門栄誉賞受賞。1960~70年代に描いた少女のイラストが可愛いと話題になり、国内外でグッズが販売されている。代表作に『霧のなかの少女』『花影の女』『落窪物語』『源氏物語』などがある。日本漫画家協会名誉会員。http://www.eiko-hanamura.com/
東洋美術学校について
イラスト、デザイン、3DCG、マンガ、そして絵画から保存修復までアート&デザインの分野で様々な学科・コースを設置する。本校では2017年より文化庁が主導する「メディア芸術連携促進事業 連携共同事業」において、京都国際マンガミュージアム、京都精華大学国際マンガ研究センター、明治大学 米沢嘉博記念図書館、北九州市漫画ミュージアム、一般財団法人パピエと連携し本事業についての研究を進める。
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