東洋美術学校の夜間部グラフィックデザイン科は一年間・週四日のプログラムでグラフィックデザインをまなんでゆきます。月曜日は実制作を中心とした『デザイン制作1・2』、火曜日と木曜日がPCのオペレーションスキルとなる『Adobe Illustrator』と『Adobe Photoshop』、金曜日が講義とワークショップで展開される『デザイン演習1・2』というものです。
この科の傾向として、ここ数年、社会人やダブルスクールの生徒が増加してきたことがあげられます。事実、世間ではデザインというものがさまざまな場面で着目されるようになり、美術系領域外からもデザインを学ぶケースが増えています。また、ビジネススキルの一環としてデザインを学習するかたもおおいようです。東洋美術学校 夜間部グラフィックデザイン科在校生は、どのような経緯で入学されたのでしょうか?そして、どのように学んでいるのでしょうか?本年度在校生、羽賀日菜子さん、芝山綾乃さん、望月恵介さんの三名にお越しいただきました。
それぞれの「きっかけ」
皆さんの「きっかけ」を教えて下さい。
羽賀日菜子 私は早稲田大学 文化構想学部に在籍しています。まさにダブルスクールの状態です。所属していたサークルでは、フリーペーパーの企画・発行をおこなっていました。もともとは記事を書くつもりでいたのですが、部員数の都合もあり冊子のレイアウトなど、デザインの制作を担当することになりました。しょうがなくはじめたものの、次第にたのしくなり、独学でデザインの勉強をおこなうようになりました。就職活動のなかで自己分析をおこなううち、ひとの考えをかたちにする仕事に向いている、と自覚したことが決め手となりました。
芝山綾乃 私はデザイン科のある高校に在籍していました。そこから短期大学を経て、数年間、旅行会社に勤めました。いったんはデザインと関係のないような仕事をすることになりましたが、そのなかでデザインの需要が、様々なところにあると気づかされました。旅行会社ではキャンペーンのポスターやチラシをつくるのですが、私が担当すると評判がいいんです(笑)「いいじゃん!」って、みなさんに褒められたりして。それが、いったん諦めたデザインの道に自信を持つきっかけになります。
望月恵介 僕は美容師をしていました。いまでも友人の髪の世話をしています。もともと雑誌が好きで、自分でZINEをつくりたいとか、それに関する仕事をやりたいという思いがありました。なにもわからないまま、今年の1月にデザイン事務所にアルバイトというかたちで就職することになりました。それこそ、デザインのルールもAdobe IllustratorやPhotoshopなどのツールの使い方もわからないまま。そのなかで、もっと仕事ができるようになりたいと、スキルアップのための学校を探していました。
羽賀日菜子さん / 芝山綾乃さん / 望月恵介さん
なぜ東洋美術学校 夜間部グラフィックデザイン科を選んだのでしょうか?
羽賀 私の場合、ダブルスクールが前提になるので、夜間の学校であることは必須条件でした。さまざまなウェブサイトを調べるうち、すこし情報過多になってしまって……大学でお世話になっている先生に相談しました。その先生ご自身も、一般大学を卒業してから夜間学校でデザインをまなんだかたです。そこで、ふたつほど薦められた学校のひとつが、それまでノーマークだった東洋美術学校 夜間部グラフィックデザイン科でした。どちらかといえば、ここはイラストレーションやマンガのイメージが強かったこともあり、意識していなかったのです。でも、その先生がそれだけ評価されているからとおもい、決定しました。それから、新宿という立地が通学しやすいところであったことも理由です。
芝山 私はもともと石川県の金沢にいました。デザインを学び、仕事をするとなると、やはり東京に出てきたほうがいい。でも、そうなると生活費も学費も自分で払わないといけないから、他校よりも安価な学費は魅力でした。とはいえ失敗はしたくないので、学校見学のとき広報担当のかただけではなく、講師のかたにもたくさん質問をしたんです。すると、みなさんとても親身に話をきいてくれて、その雰囲気に安心しました。
望月 僕は勤め先の代表からこちらを薦められました。授業料は安いけれど、授業はしっかりしていて、コストパフォーマンスがよいと。自分の場合、仕事をしながらデザインのスキルを身につける必要があり、二年間とか三、四年間の在学、というのはあまり現実的ではありませんでした。一年制というのはおおきかったですね。それから、ほかの学校とはちがって、初心者でもしっかり学べそうな雰囲気がありました。ハードルが高いところからはじまるのではなく、着実にステップアップするようにみえました。
ーー それぞれ背景や目的は異なるものの、共通しているのは、ある程度、年齢を重ねてからデザインを学ぼうとされたこと、そして、デザインに対して少し下地があってここにいらしていることが共通していますね。
バランスよく「造形・技術・教養」を学び成長できるカリキュラム
入学後、実際に授業を受けてみていかがですか?
望月 たのしいです。デザインを学ぶのははじめてでしたから、最初はわからなところもありましたが、だんだんと理解できるようになりました。
羽賀 私もたのしいです。もともとサークルでレイアウトを担当していたこともあり『デザイン演習1・2』にあるような、講義とワークショップ形式で進む授業は新鮮でした。専門学校というと、どうしてもPCオペレーションが中心となってくるのかな?と想像していましたが、制作と知識がバランスよく学べるカリキュラムだったことはありがたかったです。
芝山 わかります!私はデザインの高校を卒業しているので、内容が重複していたらどうしよう……という不安もありましたが、想像以上に広がりがありました。タイポグラフィや色彩、構成、あるいはデザインの歴史や、デザインの組み立てかたを、講義やワークショップ、フィールドワーク……と、さまざまな視点・経験を通じて学んでいます。インプットから、表現スキル、そして実制作と、相互関係のなかでグラフィックデザインを学んでいます。
—— もともと夜間部グラフィックデザイン科は、PCオペレーションに重きをおいていた時期もありました。しかし近年は時代の傾向にあわせ、総合的にグラフィックデザインを学ぶプログラムになっています。本校の講師は社会人向けセミナーなど、外部講座を担当しているものも多くいます。そうした場をふまえつつ授業にもフィードバックしています。一年間という短い時間ではありますが、可能な限り今日的に充実したデザイン教育の場を目指しています。
望月 『Adobe Illustrator』『Adobe Photoshop』、オペレーションの授業もすごくありがたいです。デザイン事務所に所属してから、しばらくは本を読んだり、スタッフに質問したりしていましたが、よくわからないところも多かった。独学での限界があるというか、そうした学び方だと応用がききにくいんです。正直、伸び悩んでいるところがありましたが、ここで一気に拡張できた気がします。こういうこともできるんだ!という発見もおおいです。それは各々の授業の連動のなかで、よりしっかりと理解してゆけます。
特に印象に残っている授業などはありますか?
羽賀 フィールドワーク課題です。東京駅から銀座間のエリアと、渋谷駅周辺のエリア、特色の異なる街を皆であるいて、その違いを分析してゆく課題。ひとりで散歩しながら考えることもあるけれど、ああして皆で歩いた経験は新鮮でした。それから、そのあとのディスカッションも。「あ、身の回りのものは、ほとんどが人の作ったもので、それはデザインされているんだ……」と気付くことにもなりました。構築的なあそびというか、整理・編集される散歩という感覚でした。
フィールドワーク: 街に出て、デザインの実際を経験し分析してゆく。
それから色彩のワークショップも印象的に残っています。もともと配色センスというか、色彩に苦手意識があったのですが、世の中にある色を分析しながらパレット化するワークをおこなうことで、そうか、こつこつとやればいいだけのはなしなんだな……とわかりました。いまでは自宅のPCにはたくさんの自作カラーチャートが入っています。
色彩のワークショップ: 実際の商品にある色彩をカラーチップ化し、ストックする。
芝山 フィールドワークは世の中の見方が変わりますよね。私は前期『デザイン演習1』でおこなった構成のワークショップが印象深いです。300mm角の紙面6点に、3mm角のちいさな黒い正方形をレイアウトしてゆく課題です。白い画面と、黒い正方形、たったそれだけなのに、みんなちがって、それぞれに6つのストーリーがあるんです。画面を空間と捉えて、そこでオブジェクト同士、そして画面との関係をつくってゆくこと。レイアウトの基本はこれなのか!と、とても感動しました。
構成のワークショップ: ちいさな正方形を各自のデータにあわせ構成しストーリーをつくる。
望月 今は最終課題で頭がいっぱいです。谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』をA4冊子に再構成するものです。こうした古い文章は、いままで避けてきたというか、あまり読んできませんでした。でも、いざ目を通すとおもしろい。そうだよなぁ、と納得しています。そこから発生した現在と、そこでのデザインをかんがえるヒントにもなっています。
各授業で講評会があることが勉強になります。独学だと自分でつくったら、それでおわり。講師に評価されて、同級生とならぶことで得るものは想像以上におおきいです。デザインはしばりがあるけれど、それがゆえ、他者との解釈のちがいが浮き彫りになることもおもしろいですよね。
羽賀 『デザイン制作1・2』はデザイン学校ならではの授業ですよね。テーマ設定から制作まで、およそデザインに必要なプロセスのすべてを経験できる。実際はその一部のときもあるかもしれないけれど、流れを把握できることはおおきい。
デザイン制作: 実践を想定した課題制作。
望月 ブランディングとか、そうした総合的なデザインワークのトレーニングにもなりますよね。
芝山 前期最終課題も印象深いです。ヨハン・セバスティアン・バッハ『ゴルドベルク変奏曲』の曲目を120mm角の紙面8ページにデザインする課題。条件がなんと文字、それも活字しか使えない。え、イラストレーションや写真、素材は使えないの?どうすればいいの?、どういうこと?って正直、戸惑いました(笑)でも、この課題のなかで、自分のやりたいことが一気にふえました。なんだ、文字だけでもデザインができるじゃん!タイポグラフィ大事だな、って。ですから、この課題以来、毎日、文字のデザインを自主制作しています。
デザイン演習: 前期最終課題は、文章と活字、色彩のみで8ページの紙面をデザインする。
羽賀 入学前に授業のタイトルをみて「タイポグラフィはないんだな……」と、ちょっと残念だったのですが、実際は授業のなかでしっかりと扱われました。前期は書体・組版の作法など教養的なもので、後期になるとグリッドシステムに踏み込み、設計としてのタイポグラフィになってくる。活字というちいさな要素で、画面全体をコントロールすることは、とても興味深いです。
それぞれの毎日と学び方
どのような日々をすごされていますか?
羽賀 大学ではすでに単位を修得しているので、どちらかといえば夜間部グラフィックデザイン科のほうが主体の生活です。学校のPC環境でないとできないことも多いので、いつも授業開始よりも少し早めに登校して、予習復習をして授業に臨んでいます。それ以外の時間ではデザインに関する本を読んだり、個人で請け負ったデザインワークをおこなったりしています。
芝山 後期からは広告代理店でアルバイトをはじめました。フルタイムですから9:00から17:00まではその仕事をしています。その後、通学というかたちです。
望月 僕も17:30までデザイン事務所で仕事をして、そこから通学しています。事務所の代表が理解のあるかたですから、学生生活に支障がないように配慮していただいています。学校のない水曜日や土日祝日は、職場のPCで友人たちとつくっているZINEの制作をしていたりします。
ーー 羽賀さんは、産学連携プロジェクトへの参加や外部機関の社会人向け配信講座で講師のアシスタントをつとめてみていかがでしたか?
羽賀 ちがう環境にいる同世代と協働することは、とても楽しかったです。大学でもグループワークは経験していますが、学生間のモチベーションがなかなか揃わなかったり、あるいは企業のかたに慣れなかったりしたのですが、ここでは、みなのモチベーションが高いところで揃っていて、それぞれの特技におうじて役割分担もスムーズにできたから、ストレスなく、充実したデザインワークをおこなうことができました。
アクサダイレクト主催のハッカソン。学科学年混合グループで参加。東洋美術学校グループは「アクサダイレクト賞」を受賞。
卒業をひかえて、いかがですか?
羽賀 この進路でよかったな、とおもいます。いまではほかの進路を選んだ自分が想像できないくらいです。
芝山 たのしい一年でした。授業により講師の方が異なるから、ひとつの課題もいろんな先生にみていただくことができます。それぞれの知見があるので、それをふまえブラシュアップしていけるのが嬉しい。こうして卒業をひかえたいま、入学間もないころの制作物をみると、そのとき、なぜできなかったかが解るようになってきました。最初は講評会で他のひとの課題をみると「あのひとのいいな……」って、くやしくて泣きながら電車に乗っていたんです(笑)でも、いまはなんで、そのとき苦しかったのか、できなかったのかわかるようになってきました。
望月 はやいなぁ……って。いまはもっと学びたいです。もっとちゃんと先生やまわりの話を聞いておけばよかったなとおもいます。もちろん、そのときはちゃんと聞いていたのだけど、いまの頭だともっと理解も深まっただろうなと、思うばかりです。ああ、あの課題、そういうことか!という場面が最近はおおい。前期の配布資料を読み返したりしています。
夜間部は在籍期間が短く、また社会人の場合、免れない欠席もあるため。予習復習ができるような配布物となっている。
芝山 前期に先生たちのおすすめ書籍をおしえていただいたのもよかったです。どれもうまく読み進められないのですが……時間をかけて、読み解いていこうと考えています。私、最近、望月さんの課題にいつも感動しているんです。「こんな解釈があるんだ!」って、とても今年からはじめたひととは思えなくて。成長がすごい。
望月 グリッドシステムの課題ですよね?制約があるものだから、逆に遊んでみました。これだけしっかり基盤があるなら、どうやっても崩れないだろう、って(笑)システムを素材としてあつかうという感覚で制作しました。僕も芝山さんや羽賀さんをみると、こんなところまで考えてつくっているんだ、といつも驚いています。
羽賀 たくさんの課題とその講評、みなさんとのはなしのなかで、素直に負けを認められるようにもなりました。意固地にならないというか……。いろいろと刺激しあう理想的な関係の場になっています。いまではデザインに関連した書籍はおおいし、ウェブでもチュートリアル動画などがたくさんある。それに比べると学校に通うことは時間とお金、労力をかけることになるけれど、みなでこうして学ぶことはやはり、ここでしか得られない経験です。
ーー これから一ヶ月のあいだでも、まだまだ気づかれること、考えが進むことはたくさんあるかとおもいます。のこり短い時間ですが、みなさん、ひきつづきどうぞ、よろしくお願いいたします。
2月23日(日)は「夜間部学科向け体験入学」を開催!
※昼間部学科希望、高校生も参加可能です。